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『耳をすませばについて』 押井守 1995年 … は偽

"『耳をすませばについて』 押井守 1995年

あのね、ちょっとだけ言わせてもらってもいいですか。

この映画は、何一つ救いがない映画ですよ。
実際には、現実には、絶対にありえないことを、思いっきり細部まで
こだわった現実的な日常の世界として描くなんて、反則以外の何物でもない。
(中略)
そして、見た者は大いなる錯覚をする。
「これが、本来の現実の世界ではないのか」、と・・・
そこに描かれているものは何だろう。
高校にも行かずに留学してバイオリン作りを目指す彼氏?
親や先生や同級生に何ひとつ反対されずに壁にも遭遇せずに夢を目指す彼女?
その二人による、あたりまえのように描かれているありえない恋愛の世界?

「いいなあこんな学生生活」
「これが本来あるべき学生生活だったんだ」
「すると俺の学生生活ってなんだったんだろう」

そして、見たものの中に、本来では「ありえなかった現実の世界」が正当化され、
従来の「あたりまえだった現実の世界」が否定される。
本来持っていなかったものをまるで持っていたように錯覚させ、それを否定される。
こんな残酷な作品は無い。
「現実を錯覚させる」ことがそもそもの悪であり、「現実を否定させる」ことはもっと悪である。
これを作った人は、世の中の人たちにとって、悪である。"





最近上記のような押井さんがジブリアニメ【耳をすませば】について語ったとされるコメントがTwitterでよく見かけ、それを真に受けた人が結構多いようなのですが、あれは押井さんのコメントではなくの元は2chのカキコミです。

コメント元
C.G.I: 「耳をすませば」 を観て自殺 ID:fKowQvRnさんのコメント



それから上記のコメントと以下の『アニメージュ』2004年3月号のインタビューで押井さんが語った緑字の部分を切り取って合成されたものも広まっています。 
ご注意願います!




―アニメーション作品としての『イノセンス』の、作られる意義とか立ち位置を、押井監督はどう認識していますか?

押井 僕は基本的に、アニメーションの使命というか、根本的な仕事は、現実を忘れさせることだと思っている。 (中略) 大人は大人でつらいけど子供は子供なりにつらいから、アニメは息を抜いてあげる装置でありたい。 加えて、望むべくは、そこにもうちょっと積極的な意味とか、多少なりともものを考える契機があると、なおいいんだろうな、と。

―普通に考えて『イノセンス』は、積極的な意味という部分まで踏み込んだ作品ですよね。

押井 今回に関して言うと、生きることの漠然とした意味というものなのかな。 何かアピールしたいとか、ああせいこうせいということを言いたいとは全然思わない。 
「こういう例を出して適切かどうか分からないけど、『耳をすませば』に出てくるような健康的な一家を見て、果たしてアニメーションを必要としている今の若い子たちが勇気づけられることがあるんだろうか。 僕は、ないと思う。 『耳をすませば』を見て生きる希望がわいてきたり勇気づけられる子は、もともとアニメーションなんか必要としないんだと。  アニメでも映画でも小説でも何でもいいけど、フィクションを人並み以上に求めている子たちには、ああいう形で理想や情熱を語られても、むしろプレッシャーにしか感じられないはずだ。 僕はそういうものは作らない。  今回もそうだけど、僕が作っているものにあるのは、生きるということはどう考えたってつらいんだ。  多分、あなた方を取り巻く現実もこれからの人生も、きっとつらいものに違いない。いろんなものを失っていく過程なんだということ。  生きていれば何かを獲得すると若い人は漠然と思っているんだろうけど、実際は失っていく過程なんだよって。 」

―それは、かなり、悲観的な意見に聞こえます。

押井 いや、じゃあ、人生は地獄のようなものなのかと言いたいのかというとそうじゃなくて、そのなかで、自分が生きることの意味とは何かということに、マジメに答えようと思っているわけ。 しかも、さっき言った通り、僕自身が信じているもの以外のことは出さないで。 今回は僕なりにがんばったつもりなんだよね。 観て、すぐ元気になるかどうかは別にして、生きていく上で何かの役には立つだろうと。 それくらいの自負はある。 バトーは、生きるか死ぬかのシビアな世界で、苦渋に満ちた人生を送っている。 みんなが生きているのは、そこまでシビアな世界ではないとしても、生きる上でのつらさは、バトーと一緒なんだよって。





なお、今回引用した押井さんのインタビューは書籍『すべての映画はアニメになる』の381ページから確認できます。




関連
『耳をすませば』 に関する押井守氏の合成発言
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tag : 耳をすませば 押井守 1995年

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